企業が発行する債券や、国が発行する国債など、債券投資は企業会計において重要な位置を占めています。特に、投資目的や保有期間によってその会計処理が異なり、中でも「満期保有目的債券」と、それに適用される「償却原価法」は、企業会計の透明性を保つ上で重要な概念です。
今回は、満期保有目的債券とは何かを説明し、その会計処理に用いられる償却原価法について、なぜこの方法が用いられるのか、具体的な計算イメージとあわせて解説します。
満期保有目的債券とは?
満期保有目的債券とは、企業が「満期まで保有する意図と能力をもって保有する債券」のことを指します。簡単に言えば、「途中で売却するつもりはなく、満期まで持ち続けて利息を受け取り、最後に元本を回収する」ことを目的として保有する債券です。
これに対し、短期間で売買益を得ることを目的としたものは「売買目的有価証券」、満期保有目的ではないが、投資目的で保有するものは「その他有価証券」として分類され、それぞれ異なる会計処理が適用されます。満期保有目的債券は、基本的に金利変動による時価の変動に左右されず、満期までの利息収入と元本回収が目的であるため、他の有価証券とは異なる会計処理が求められます。
なぜ「償却原価法」を用いるのか?
満期保有目的債券の会計処理に「償却原価法」が用いられるのは、その債券が最終的に満期時に額面金額(償還価額)で回収されることを前提としているからです。
債券を額面金額と異なる価格(例えば、額面100円の債券を98円で買った(割引取得)、あるいは102円で買った(割増取得)など)で取得した場合、満期時には必ず額面金額で償還されます。この取得価額と償還価額との差額は、実質的には利息の一部と考えることができます。
ここでいう「割引取得」や「割増取得」は、新しく発行される債券を購入する際だけでなく、既に発行されて市場で流通している既発債券を購入する場合にも発生します。市場金利の変動によって既発債券の価格が額面よりも安くなったり高くなったりするため、投資家は額面と異なる価格で取得することになるのです。
償却原価法では、この差額(金利調整差額)を満期までの期間にわたって規則的に損益として配分し、帳簿価額(取得原価)を徐々に償還価額に近づけていく処理を行います。これにより、最終的な償還価額と帳簿価額が一致し、満期時に損益が発生しないように調整されます。
時価の変動を会計に反映させる「時価会計」とは異なり、償却原価法は、満期まで保有する意図があるため、途中の時価変動を損益として認識する必要がない、という考え方に基づいています。
償却原価法の計算イメージ:定額法と利息法
償却原価法には、主に「定額法」と「利息法」という2つの計算方法があります。
- 定額法:
金利調整差額(取得価額と償還価額の差額)を満期までの期間で均等に配分する方法です。シンプルで分かりやすい反面、期間を通じて一定の収益を認識するため、実質的な利回りが期間中に変動している場合に、その変動を適切に反映できない側面があります。例:額面100円の債券を98円で取得し、満期まで2年間のケース(定額法の場合)
- 金利調整差額の把握:
償還価額(満期時に戻ってくる金額)100円 – 取得価額98円 = 2円(この2円が金利調整差額、実質的には追加の利息収入と考える) - 償却額の配分:
この2円を、満期までの2年間で均等に配分します。
2円 ÷ 2年 = 年間1円 - 会計処理(毎期末):
毎年1円ずつ、帳簿価額を増やしながら、その1円を収益(有価証券利息など)として計上します。
期間 取得価額/
帳簿価額期首表面利息
(受取)償却額
(金利調整差額)有価証券利息
(認識)帳簿価額期末 取得時 98円 – – – 98円 1年目 98円 X円 1円 X円 + 1円 99円 2年目 99円 X円 1円 X円 + 1円 100円 満期時 100円 – – – 償還(100円) (※表面利息(クーポン利息)は別途受け取った上で、会計上は償却額と合算して有価証券利息として認識されます。)
- 金利調整差額の把握:
- 利息法:
債券の実質的な利回り(有効利子率)を用いて、毎期の利息収益(または費用)と金利調整差額の償却額を計算する方法です。定額法よりも複雑な計算になりますが、期間を通じて一定の利回りを適用するため、より実態に即した会計処理とされています。特に、金額が大きく期間が長い債券で用いられることが多いです。この方法では、帳簿価額に実質的な利回りを乗じて利息を計算し、その利息額と実際に受け取る表面利息との差額を金利調整差額として認識します。
まとめ:満期保有目的債券と償却原価法
満期保有目的債券とその償却原価法は、企業が金利変動リスクを負わずに長期的に安定した収益を得ることを目的とした債券投資において、その実態を適切に会計に反映させるための重要なルールです。
市場の時価変動に一喜一憂するのではなく、「満期まで持ち切る」という企業の意思を会計処理に反映させることで、財務諸表の利用者は企業の投資戦略をより正確に理解することができます。企業会計の透明性と実態把握のために、こうしたルールが設けられているのです。
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